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2006年4月6日 午後3時10分

やっと見つけた蕎麦屋で「おろしカツ定食」を食い(これがまたウマかった)、再び海岸へと戻る道で、僕は傍らに咲く菜の花を撮っていた。

ファインダーを覗いて慎重にピントを合わせながらも、すぐ隣に軽トラが停まって、運転席の男がじっとこちらを見ているのを気配で感じていた。やがて、

「兄ちゃん、なぁに撮っでんだぁ?」

と聞かれたので、ここで初めて相手の顔を見て

「花ですよ」

と答えた。職人っぽい感じがするおじさんだった。

「花ぁ?そんなカメラでぇ?」

と言いながら、運転席のおじさんと助手席にいたおばさんはクルマから下りてきて、代わる代わる僕のローライコードのファインダーを覗きこみ、それぞれ「あんれまあ」と言った。

「花撮るの好ぎならさ、ウチにもいっぱい咲いてんのよう、撮っでくんない?」

とおばさんが言う。

自分の家に咲いてる花を見ず知らずの僕に撮らせてどうするの?と考えるのは、モノゴトの因果を理論的に説明したがる都会人の悪い癖だ。ここにカメラがあって、写真を撮る人が居て、ウチに花が咲いている。だから撮ってもらう。ただそれだけのことなんだよ。

「じゃ、乗っで乗っでぇ」

と半ば拉致状態で軽トラの荷台(!)に乗せられ、一本道の狭い農道をものすごい勢いで疾走する。やっぱりおじさんは職人で、着いた先は畳屋さんだった。

「これが××の花でしょう。これは○○の花でねぇ、今年やっと咲いたのよう。こっちが△△の花」

とおばさんが庭に咲く花を順番に説明してくれるが、申し訳ないけど花はどうでもよかった。僕が撮りたいのはおじさんとおばさんだった。フィルムの残量を見ると、あまり余計なカットは撮れない。もちろんフィルムは山ほどあるけれど、チェンジに時間がかかるのでタイミングを逸してしまう恐れがあった。かと言って、僕は花の写真を撮りに来たことになっているのだから撮らないわけには行かない。仕方なく、フィルムは巻き上げずにシャッターのチャージだけして、同じコマに何重にも写真を撮った。おばさんゴメンね。

そろそろおいとまを、という頃になって、ようやく「おじさんとおばさんも撮らせてよ」と言ってみた。人物を撮る時は、この瞬間がすべてだ。

案の定、二人並んで直立不動の姿勢をとっている。これはこれで面白いけれど、そういう写真だったら今までに何度と無く撮られてきただろう。僕じゃなくても撮れる。でもいいんだ。一枚目は「きっかけ」だから。

その後、話をしながら数カット撮った。これは最後のカット。帰る僕を門のところで見送ってくれた時のものだ。撮られることにもすっかり慣れて、どうですか!この堂々としたポーズのつけ方!二人の立ち位置も絶妙だよ。

「今度は6月ごろおいで。ハマナスの花が咲いてっから。まあ、大した花じゃないんだけどね」

と言って笑う二人の顔を思い出す。ちゃんと住所を聞いておいたから、この写真を額装して送ってあげようと思う。あるいは、6月に手渡しする、っていうのもいいかもね。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月6日 午後4時15分

再び、風吹きすさぶ海岸線を一人で歩き始める。

人間の精神の自浄作用というのは大したもので、ついこの間まで死にたい気持ちであったのが、今ではすっかり遠い昔のことのように感じられたりする。

しかし、こうも思う。

ヘコむべき時に、きっちりヘコんでおかないと、次のチャンスを生かせない。また同じ間違いをする。

この世に
「不思議な勝ち」はあっても、
「不思議な負け」はない。

(10回くりかえし)
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月6日 午後4時30分

これは自分の足跡ではない。

それは遥か前方からやって来て、この場所で僕の歩行と交錯した。

コイツは何を考えながらここを歩いていたのか。この足跡の主とは話が合うような気がしたけれど、残念ながら出会うことは無かった。

きっと、そいつも首からローライコードをかけた、メガネの男だった筈だ。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月6日 午後4時35分

自分。

あるいは

全然知らない誰か。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月6日 午後6時10分

「ここから一番近い駅に出るにはどうしたらいいですか?」

と尋ねて、教えられた通りに歩いた筈だが、残念ながら駅には辿り着かなかった。

朝からひたすら砂浜を歩き続けて、さすがに疲れ果てていた。その場にへたり込みそうになるのを必死に堪えて、とにかく、「ここまでは間違ってない」と思われる地点まで戻る。

やっと駅を見つけてホッとしたのも束の間、今度は切符をどこで買えばいいのか分からずに右往左往。何のことはない、そんなものは最初から無いのだ。

あと40分すると、水戸へ行く列車がやってくる。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月7日 午後2時30分

明け方、トイレに行こうとしてベッドから立ち上がった瞬間、左足首が体重を支えきれずによろけた。

地図上でざっと計算してみると、昨日は砂浜を8kmか9kmぐらい歩いたことになる。アスファルトの上なら2時間ぐらいで歩ける距離だけど、柔らかい砂の上で足に負担がかっていたのだろう。しかも砂浜というのは海に向かって緩く傾斜しているのが普通で、そこをずっと同じ方向に長時間歩き続けたことが、左足首の痛みという結果になっているのか・・・そんなことを、用を足しながらぼんやりと考えた。

今日は茨城出身の女友達から教えてもらった、ずっと北にある港町まで行く予定だったけど、この足首の痛みで萎えた。無理。まずはたっぷり寝よう。起こさないでください。

昼過ぎに再び目を覚まし、ゆっくりと準備をして水戸市街へ。適当に見つけた店で、終わり間際のランチタイムになんとか滑り込む。

しっかりと腹ごしらえをして向かった先は、水戸芸術館。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月7日 午後4時30分

水戸芸術館は、ずっと前から行きたいと思っていた。今回、実際に訪れてみて、その期待は決して裏切られなかった。

とにかく展示が素晴らしい。この時は "To The Human Future / Flight From The Dark Side" (人間の未来へ|ダークサイドからの逃走)というテーマの展示だったけれど、各作品と、国内外のテキストが絶妙に組み合わされて、展示が「幅」よりも、むしろ「深さ」を大切にしていることが分かる。

あるポーランド人作家の、悲しい彫刻が展示されている小部屋の壁面に、大きな字で谷川俊太郎の「くり返す」という詩が書かれている。文字通り、僕はその場に立ち尽くしてくり返しその詩を読み、そして彫刻を眺めた。

展示自体はとてもこじんまりしたものだ。が、それでいい。それがいい。一つ一つをちゃんと消化できる量がいい。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月7日 午後4時35分

だいたい僕は、初めて会った人や、初めて行った場所をすぐに好きになってしまう。

水戸も、好きになった。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月7日 午後5時20分

水戸芸術館を、静かにコーフンしつつ、お腹いっぱいになるまで堪能したら、どこかで一息つきたくなった。

通りから薄暗い路地をちょっと入ったところに、まるで人目を避けるようにしてそのカフェはあった。このカフェがまた素晴らしかった。細かいことは割愛するけれど、要するにこれが水戸なのだ。

水戸芸術館と、このカフェ。これから先もしばしば水戸を訪れる理由は、充分と言っていいほどに出来上がった。

あ、それと。

ここに水戸芸術館のことを書いたら、それを読んだ知り合いがメールをくれた。それによれば、都内の超有名美術館の内定を蹴ってまで水戸へ来たキュレーターが、実際、友人に居たのだそうだ。水戸芸術館を体験した今となっては別に驚かないけれど。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



2006年4月8日 午前9時45分

あとはチェックアウトをして、またクルマを運転して東京に戻るだけ。まあとにかく、こんな風にして僕の水戸ひとり旅は終わろうとしている。

今回の旅の目的は、例えて言うなら、ちょっと曲がった背骨をコンコンッと叩いてもらって真っ直ぐにする、そんな感じか。そして、その大きな助けになってくれたのは、やはりカメラだった。しかも、今回はローライコード1台だけときた。

最初はライカ2台とか、ローライ+ライカとか、そういう「普通のこと」を考えていたのだけど、「ローライ1台だけで行くべし」を熱心に説いてくれた人がいて、すっかりその気にさせられた。今思えば、それは本当に賢明な指南だったと思う。カメラに限らず、「何を持つべきか」は、「何を持たざるべきか」と同義なんだよ。本当に大事なのは「これは要らない」と自分に対して宣言することなんだな。

とは言え、70歳になろうとするカメラだ。壊れて使えなくなったらどうすればいいのか?やはり、もう1台持って行くべきではないのか?なんて相変わらずツマンネーことを考えたりもしたけれど、その答えは割と簡単に出た。その時は、「カメラが壊れたので写真が撮れませんでした」って、ここに書けばいいのだ。それで済むのだ。わはは。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)


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