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明るいうちから酒を飲み、牡蠣を食った。窓の外には静かな冬の海が見えて、人生というものが「幸せ」と「不幸せ」の間を行ったり来たりしながら進んでいくものだとしたら、今この瞬間は、まさに幸せの最大値の部分だな、と考えたりした。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



フィルムをフジ(アクロス)に切り替えて1ヶ月ぐらい経つ。

やはり色んなことがコダックとは違っていて、驚いたり、感心したりしているわけだが、出来上がった写真にそれほど大きな違いがあるわけではない。

違ってたまるか、が半分。

ちょっと拍子抜け、が半分。

しかし不満は何一つ無い。本当に高品質なフィルムだと思う。大満足。
Leica MP + Summicron 50mm F2 (ACROS)



心からそれを望んでいた筈なのに、いざ、それが実現されようとすると、気もそぞろになるのはどうしてなのか。

ここで何か余計なことを言ったり、要らぬ行動に出るのは単にエゴでしかないから。

「もうお前が口出しをする話じゃないんだぞ」

と、何度も言い聞かせる毎日。

我慢。

我慢さえすれば、すべてはスムーズに運ぶ。
Leica MP + Kinoptic Apochromat 50mm F2 (ACROS)



今回は特に書くことがありません。書くことが思いつかないのと、書きたいことはいっぱいあるけど上手くまとまらないのと、2つのパターンがありますが、今回は後者です。

その代わり、静かに、息を止めて、いつもより30%ぐらい長めに写真を見てください。
Leica MP + Kinoptic Apochromat 50mm F2 (ACROS)



カメラやレンズをだいぶ整理した。

ボディ1台にレンズ1本というところまで行ければ良かったけれど、さすがにその境地にまでは至っていない。まだまだ俗世間の煩悩にまみれている証拠だけれど、そんなに簡単な話ではないね。人生はあと半分ぐらいは残っているから、今はこんなもんだね。

整理した中には、苦労して買ったプラウベルマキナ67も交じっていた。本当にいいカメラだった。ニッコール80mmF2.8の立体感のある写りは最高だったし、言われるほど使いづらいカメラでも、壊れやすいカメラでもなかったように思う。ただ、6×7という、なんともケツの座りが悪いフォーマットに最後まで馴染めなかった。

写真を撮る私の頭を、時々ハンマーで力いっぱいブン殴ってくれるのは、やはり6×6の無重力なフォーマットだ。特に、ローライコードという、反抗精神旺盛な名家の次男坊みたいなカメラが生理的に好きだ。

4月に入ったらすぐ、4日間ほど一人旅に出る。持って行くカメラは、この70歳になろうとするローライコード1台だけにした。ちょっとカッコつけ過ぎかなあ、とは思うけれどね。

カメラがローライコード1台しかない状況というものを、実に見事に表現した日本語がある。「ニッチもサッチも行かない」だ。それこそが今、僕に必要な状況なんだな。そのニッチもサッチも行かない中で、どれだけ悪あがきできるのか。どれだけ余計なものを省けるのか。どれだけ無心になって写真が撮れるのか。どうせ男の一人旅なんだしさ、そのぐらいハードなテーマがあったっていいよなあ。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



僕が写欲を抑え切れずにムラムラしてくるのは、だいたい曇りか雨の日だ。

それに引き換え、ピーカンに晴れた日は完全に萎える。まったくヤル気が無い。いい写真が撮れる気がしない。

おっと語弊があったか。曇りや雨の日は、撮れる気だけはしてんのよ。気だけはね。だから結構ヤル気まんまんで行くんですけどね、それ以上説明させないでね。
Leica MP + Summaron 3.5cm F3.5 (ACROS)



水戸シリーズは終わったけれど、相変わらず正方形。まだまだ正方形。

正方形の魅力はじゅうぶんに分かっていたつもりだったけれど、ヤバい、まだまだこの沼、深かった。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



写真を撮るって実に孤独な作業で、1枚の写真を撮るのに誰かの力を借りる必要はないし、借りることも出来ない。一から十まで自分でやるしかない。

僕の場合、写真、特にスナップ写真が持っている、「偶然性に左右されつつも、自分ひとりの中ですべてが完結する」ところが性に合っているんだけど、じゃあ、本当に一人っきりで写真が楽しめるのかというと、そうではない。言うまでもなく、自分以外の誰かに何かを伝える(それが表現であろうと、ただの記録であろうと)という宿命を、そもそも写真というものが持っているからだ。

だから、「写真を撮る」というのは一見孤独に見えるけれど、実はシャッターを切った瞬間のひとつひとつが、他人との関わりを予言しているんだね。

写真を通じてお知り合いになった方が、お仲間たちと写真展を開かれるというので足を運んだ。もちろん写真は素晴らしかったけれど、それ以上に、初めてお会いしたという感じがぜんぜんしなかったのが嬉しかった。それに、お仲間のみなさんも、それぞれ個性的で素晴らしい方々でした。強烈な個性というのは、うまく集めるとある種の統制感が生まれるものです。
Rolleicord Ia / Triotar 75mm F4.5 (ACROS)



まったく久しぶりに135フィルムを現像した。指先の感覚が120フィルムに慣れてしまって、やたらと小さく感じる。リールの巻き始めのツメが、パーフォレーションの穴になかなか噛んでくれない。

現像が終わって一晩乾燥させる。6コマずつカットして、ネガシートに仕舞う。さて、ここからがポイント。

僕の使用しているスキャナーは、文字通り前世紀の遺物のフラットベッド。フィルムのホルダーだって、フィルムを両面からがっちり挟み込んでくれるようなものではなくて、「かろうじてホールドしている」程度のもの。だからフィルムがカマボコ状に湾曲していると、像は歪むわ、ニュートンリングは出来るわ、ひどいとホルダーからフィルムが落ちることだってある。そこでフラットニングの必要が出てくる。

ネガシートごとMartine Franckの写真集に挟んで、その上からGarry Winograndの写真集、雑誌数冊、昔のLPレコードを20枚ほど、という順番に積み上げて、最低3日は寝かせる。

不思議なことに、これはMartine Franckの写真集じゃないとダメなんだ。色々試してみた結果、一番良くないのはHenri Cartier Bressonの写真集だった。だから、実はこの二人は夫婦仲が悪かったんじゃないかと僕は踏んでいる。

まあとにかく、そんな風にして僕が好きな写真家の懐に抱かれて三昼夜。最初は箸にも棒にも引っかからなかったような写真が、ちったぁマシになる、不思議なおまじない。
Leica MP + Summaron 3.5cm F3.5 (ACROS)



クリス・コナーの「バードランドの子守唄」を繰り返し聴いている。

詳しい人の解説によれば、彼女の歌は「内に秘めつつ静かに燃える」なんだそうだ。

なるほどね。

つい10日ほど前まで、ウィーンのウェストバーン・シュトラーセというところにあったズマールが、今は僕の手元にある。僕の人生で2本目のズマール。新品ならそんなことは無いのだろうが、作られてから70年も経ったレンズは一本一本に個性が出てしまって、それでいい写真が撮れるかどうかは、完全に撮り手との「相性」の問題。それを確認する方法はただ一つ、「試しに使ってみる」ことだけだ。結婚やお付き合いの相手をスペックだけでは決められないのとまったく同じ。

ファースト・ロールで僕にこんな写真を撮らせてくれるのなら、このレンズは「とってもいい人」と言えるかな。
Leica MP + Summar 5cm F2 (ACROS)


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