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隅田川正方景(1)

「じゃ、行ってくるからね」

と声をかけられたような気もする。とにかく、起きたら家の中には誰も居なかった。ま、今日は平日だからなあ。みんな忙しいよなあ。

まだ半分眠りながらコーヒーを淹れ、トーストを焼く。ぼーっとテレビを眺めていたら、ふと、船に乗りたくなった。そうだ、船に乗ろう。そして写真を撮ろう。決めた。

なんとなく、カメラはライカじゃないような気がした。もっと五感に訴えるカメラが必要だ。二眼で行こう。

春にウィーンのカメラ屋の棚で昼寝しているところを見つけて、僕のものになったセムフレックス。フランスのカメラ。レンズはアンジェニュー。いい響きだろ?ちょっとシャッターの調子が悪くて、ほとんど外に持ち出せていなかった。ところが先週、久しぶりにフィルムを通してみたらだいぶ調子が良かったので、今は気候が合ってるんだろう。とにかく、持って行くなら今だ。今しかない。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



隅田川正方景(2)

浜松町の水上バス乗り場で時刻表を見上げた。

乗船する前に、僕に生ビールを飲むための時間を一番沢山くれるのは、どうやら浅草行きの船らしい。はい、行き先は浅草に決定。

スタンドで紙コップに入ったビールを買って、遠くのレインボーブリッジを眺めながら飲む。どうりで不味いと思ったら中身はスーパードライでやんの。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



隅田川正方景(3)

隅田川の橋の下をいくつもくぐり抜けながら、どうして今朝、急に船に乗りたくなったのかをずっと考えていたけれど、よく分からなかった。

もしかしたら、足を地に着けているのにちょっとだけ疲れたのかも知れないな。

とにかく、2006年9月8日金曜日の午後2時、隅田川を遡る船の乗客たちは、みんなそれぞれに不満や不幸やもどかしさを胸に抱えながらも、とりあえずは幸せな顔をして川面を眺めていた。

きっと僕も。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



幼い頃に見た、何てことない光景をふと思い出したり、もう何十年も忘れていた人のことを急に思い出すことがある。

自分のカラダの中に、あの頃のカケラがまだ残ってる。
Leica DII + Summar 5cm F2 (ACROS)



その時、僕はかなり急いでいた。僕にとってとても大事な人と待ち合わせをしているのに、電車のトラブルとは言え、既にかなりの時間、待たせていたからだ。

一向に動き出す気配のないJRを諦め、駅員が勧める通りに、併走する私鉄に乗り換えようとした時、そいつとすれ違ったんだ。僕はそいつを写真に撮りたかった。かなりいい写真が撮れるハズだった。歩きながら考える。撮りたい。でも時間が無い。時間が無い。でも撮りたい。

そして、ハービー・山口がロンドンの地下鉄で、ジョー・ストラマー(The Clash)から言われた、あの有名な言葉が思い浮かんだワケだ。

長いこと待たせてごめんなさい。でも、待たせた時間のうち10分間は、ジョー・ストラマーのせいなんです。本当です。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



アンジェニューで撮ると、ベランダに転がした里芋でさえ、哲学的な顔に見えてきますよ。下の方に見える白っぽい帯は、次のコマと重なっちゃってるんですね。このセムの場合にはよくあることですから、まあ気にしない、気にしない。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



レンズのオーバーホールが上がったというので銀座までそれを受け取りに行き、そのまま向かったのは東十条。東十条というのは東京都北区にある。そこである人に写真を撮らせてもらうためだ。

以下は、ウソのようなホントの話。

---

話は数週間前に遡る。その日曜日の午後、僕はカメラを手に、東十条から王子へ向かう線路沿いの細い道を歩いていた。このへんはまだ下町情緒が残るところで、狭い路地が縦横に延びて、いかにも「市井の人々」が助け合いながら生きている、という雰囲気がある。

しばらく行くと、道の角に老婆が一人立って、こちらに向かって手招きしている。思わず振り返ってみたけれど、あたりには誰もいなかったので、手招きの相手は僕でしかあり得なかった。

恐る恐る近づいてみると、老婆はたった一言、

お兄ちゃんヒマかい?

と言った。まさかこれはナンパ?いやいや、この後に続くのは「良い子いるよ」でしょどうせ。ところが、続いて老婆の口から出てきたのは、僕が想像もしなかった言葉だった。

(つづく)
Leica MP + Summilux 50mm F1.4 (ACROS)



お兄ちゃんヒマかい?

僕がその質問に答える前に、老婆はこう続けた。

あのなぁ、悪いんだけどなぁ、アタシの家にある古いテレビを庭に出してなぁ、そんで、新しいテレビを見られるようにして欲しいんだわ。

もう一度言っておくけれど、僕はただの通りすがりで、この老婆とは、今、ここで初めて会ったのだ。

老婆は僕の手を強引に取り、路地の一番奥にある自分の家へとすごい勢いで引っ張って行った。僕はまだ自分がヒマかどうかの返事をしていないのだけど、まあ、真昼間からカメラ片手にこんなところをフラフラ歩いている人間が忙しいワケないわな。

老婆の家は、お世辞にもきれいとは言えない、古くて小さな家だった。すたすたと中に入ってしまったので、仕方なく僕も後に続く。居間兼、台所兼、食堂という感じの、狭くて薄暗い部屋の奥に古いテレビが置いてある。これを?庭に出せばいいの?

その埃だらけのテレビを両手で抱えて持ち上げる。重い。確かに年寄りが一人で動かせるようなものじゃなかった。腰を痛めないように注意しながら、それを外に運び出し、指図された通りに庭の隅に置く。後は区役所だかどこだかの人が引き取りに来てくれるんだそうだ。

えーっと、次は新しいテレビの設置なんだよね?見ると、玄関にまだ開梱していないシャープのAQUOSが置いてある。そんなに大きなものじゃない。注意深く中身を取り出し、さっきまで先代のテレビが置いてあった場所に据えた。接続するものは屋根のアンテナから来ている同軸が一本だけ。簡単。あっという間に設置完了。ほらオバーチャン、見れるようになったよ。はい、これがリモコンね。

本当に済まないねえ、見ず知らずの人に(そういう認識はちゃんとあったらしい)。ま、お茶でも上がってってよ。あれま!キレイだねえ。前のは一年ぐらい音しか出てなかったんだわぁ。これでちゃんと絵も見られるねえ。

向かい合ってお茶をすすりながら、しばらく世間話をした。ところが、ここでもまた驚愕の事実が発覚するのである。

(つづく)
Leica MP + Summilux 50mm F1.4 (ACROS)



オバーチャンが入れてくれたお茶を、薄暗い台所で向かい合ってすする。

お父さんには先立たれちゃったし、子供たちもみんな独立しちゃったから、寂しくてねぇ。だから犬を飼い始めたのよぅ。

うんうん。(見ると、真っ黒なプードルがいる。でも悪いけどこの家の雰囲気には合ってないなあ。やっぱりここは柴犬のポチって感じだ)

この新しいテレビはねえ、息子が買ってくれたんだよ。

あーそうだったんですかぁ、親孝行な息子さんじゃないですかぁ。

でな、今日は息子夫婦と孫たちがここに遊びにきて、その時にこの新しいテレビをつけてくれることになってたんだけどな、なんか待ち切れなくてなあ、それで外に出て誰かが通るのを待ってたんだよ。

あー、そうなんだぁ、うんうん・・・え?!

待ちきれなくて、って・・・そうだったのぉ?でもまあいいよ。僕もなんだかとても楽しかったし、だいぶ歳は離れているけれど、こうやって新しいガールフレンドが出来たワケだしね。そんなオバーチャンを見ていたら、なんだか無性に可愛く思えてきて、つい抱きしめてあげたくなっちゃったけれど、もちろんそれはやめておいた。本気になられても困るしね。(笑)

そろそろおいとまを、という時間になって、最後に写真を撮らせて欲しいとお願いした。オバーチャンが何か返事しようとしたまさにその時、息子夫婦と孫がやってきた。見知らぬ男が上がりこんでお茶を飲んでいるのを見て、怪訝な顔をしていたけれど、いきさつを話してみんなで大笑い。

「ヘンなおばあちゃんでしょう?アタシもとんだ家に嫁に来ちまったなあ、って最初は思ったんだよね」

これはお嫁さんのセリフ。彼女もチャキチャキの下町っ子だ。じゃ、オバーチャン、元気でね。そう言って家族団欒のお邪魔をしないうちに僕は家を出た。しまった!写真が撮れてねぇよ。ま、いつかまたあの家を訪ねて、今度こそ写真を撮らせてもらおう。そう決心して、それがこのストーリーの冒頭に繋がっているわけ。

数週間ぶりに会ったオバーチャンは、庭先で転んで怪我をしたとかで、両手に包帯を巻いていた。「んもう!気をつけてよホントに〜」と、軽く叱っておいた。それにしてもこの髪型、服のセンス、ついでに力強い鼻の穴の感じは、下町のオバーチャン特有だわな。いい顔をしてるよ。
Leica MP + Summilux 50mm F1.4 (ACROS)



カメラを持っている僕の目の前は常にステージで、そこに登場する人物たちが台本の無いストーリーを展開させていくサマを僕はじっと観察し、「あ、面白い!」と思った瞬間にシャッターを切ったりしているわけです。

もちろん、そんな風に撮りたい時に、撮りたいものを、撮りたいように撮れるのなら何も苦労しないんですが。

とにかく、そんな風にして僕は観客であり、観察者なわけです。でも時々、その観察者であるはずの自分を観察している人間が居て、知らずのうちに写真でも撮られているんじゃないか?と思うことがあります。いや、これは心配でなくて、期待。だらしなく口を開けてカメラを構えている自分の写真なんて、見てみたい。「えっ?どこで撮ったのこれー?」みたいな。
Leica MP + Summar 5cm F2 (ACROS)


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