LinksTOPGallery Index

Gallery15

Prev. <- -> Next




ある日突然、この世のすべての携帯電話が全く使えなくなったとする。いったい何が起きるんだろうか。考えただけで楽しい。

若い人たちはともかく、僕ぐらいの世代は携帯なんか影も形も無かった頃を知っているから、実はそれほど困らないんじゃないか。いや、もちろん困るんだけど、すぐに順応するというか。「ああ、こうやってちゃんとコミュニケーションとってたよなあ」って。

親に聞かれたくないので、夜、近くの公衆電話まで歩いて行って、付き合い始めたばかりの彼女と話したこと。時間は限られているから、電話まで歩く間に伝えたいことを頭の中でまとめる。伝えたいことが上手く言えたような、言えなかったような、そんな胸のつかえを感じながら、また暗い道を帰る。

あの感じ!

小学生の頃は、電話が無い家が普通にあったような気がする。夕方遅くまで友達の家で遊んでいると、そこのお母さんが「おそばでもとろうか」と言ってくれて、出前の注文をしに、外の公衆電話まで出かけていたことを思い出した。

いや、もちろんあの頃の方が良かった、などと言いたいのではない。

向かいのテーブルに座っている女が、もうかれこれ1時間以上も、口を半開きにしたまま、濁った目で携帯の画面を眺め続けているのを見て、ふと思ったこと。
PLAUBEL makina67 / Nikkor 80mm F2.8 (ACROS)



20年前なら涙が出たことにも、今は何も感じなくなってしまった自分。20年前には何でもなかったことで、今はボロボロと涙を流す自分。

ハービー・山口の「日曜日の陽だまり」を読んだ。これを20年前に読んでも、もしかしたらこれほど感動しなかったかも知れない。

あらゆることが、現実の事ととして目の前に現れ、そしてものすごい勢いで遥か後方に過ぎ去り、

いくつかの夢は叶い、いくつかの夢は破れ、

いくつかの困難は克服し、いくつかの困難からは逃げ出し、

だけど全てが終わってしまったわけでは決してなく、夢も野望もまだまだ沢山ある、そんな「人生のちょうどヘンなところ」にいる今の自分にとって、この本は余りにも痛々しい。

ただのイチ写真家が書いたヘタクソな文章に過ぎないのに、悔しいったらないよ。
Leica MP + Summilux 50mm F1.4 (ACROS)



十二歳の時のような友達は、もう出来ない・・・もう二度と・・・。
(映画「スタンド・バイ・ミー」より)


子供時代がいかに素晴らしいか。残念なことに、それは子供じゃなくなってから初めて分かるんだな。いつか必ず傷つく。必ず後悔する。必ず裏切られる。必ず裏切る。人生を難なく乗り切る魔法の言葉を教えてあげられないことを、父親として残念に思うよ。

だから、思い切りやれ。やりたいことは全部やれ。
Leica MP + Summilux 50mm F1.4 (ACROS)



晴れた土曜日の午後に、地元の小さな美術館に行った。

美術館はあまり人が入っておらず、静まり返っていた。聞いたことの無い作家の絵を順番に眺めながら、僕はずっとギターのことを考えていた。そう、ギター。たった1本持っていた、あのアコースティックギターだよ。あれは一体、どこに行ってしまったんだっけ。

長い時間を美術館で過ごして、外に出た。大きな噴水が突然、水を高く噴き上げ、近くにいた家族連れが声をあげた。

ふと思い出した。

あのギターは、僕が床に叩きつけて粉々に壊したのだった。
Nikon F + Nikkor-S 35mm F2.8 (ACROS)



荒木の写真展にmakina67を持って行ったのは、自分が「いっぱしの荒木フリーク」に見られたいという意図が、無意識のうちに働いたからだろうか。

そういえば、去年だか一昨年だかに横浜は赤レンガ倉庫で開催されたキャパ展に、僕は戦前のcontax IIを肩から下げて行ったのだった。

自分の薄っぺらさ加減が分かろうというものだな。
PLAUBEL makina67 / Nikkor 80mm F2.8 (ACROS)



いいかい?「嘘」の最大の定義は、「それほど遠くない未来に、ちゃんとバレるようになっていること」なんだよ。それを嘘と呼ぶ。

永遠に誰にもバレない嘘は、すでに嘘じゃなくて真実なんだから。

かといって、ついた瞬間にバレるのも嘘とは言わないな。そういうのって、可愛く映ることもあるけれど、だいたいは腹がたつ。嘘って、頭を使うんだよ。頭を使ってない嘘なんて、嘘をつく相手に失礼ってもんでしょ。

さらに腹がたつのは、まだバレていないと思いこんで、一生懸命嘘をつき続けている姿を見せつけられた時だな。

あれはみっともない。
PLAUBEL makina67 / Nikkor 80mm F2.8 (ACROS)



それにしてもマキナっつうのはタテ位置の写真が撮りづらいんだよね。腕がピクピクしてみーんなブレちまう。

67なんてさ、縦横の比なんてほんのちょっとの違いでしかないんだけどさ、それでもタテの時には絶対タテ!なんだから不思議だよね。でもあのみっともないグリップをつける気にはどうしてもなれないんだよなぁ。
PLAUBEL makina67 / Nikkor 80mm F2.8 (ACROS)



アンジェニューというレンズのことを知ったのは、僕が写真を始めてからわりとすぐだったような気がする。インパクトがあったのは、写りよりも名前。

アンジェニュー。綴りはAngenieux。

なんかすごいフランスっぽいじゃん!と一人でコーフンした。別にフランスが好きだったわけではないけれど、なぜかコーフンした。

今、僕はアンジェニューで撮った写真をわりと冷静に眺めたりしているけれど、心の中の奥深いところに、あの時のコーフンがまだ少し、冷めずに残っているような気もする。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



バスを終点で降り、崖に貼り付いたような、細いくねくね道を10分ぐらい。長い階段を下りて、最後は砂浜を200mぐらい歩いて、やっとこのレストランに辿り着きます。

勧められるままに席に着くと、目の前にこんな光景が展開されているというわけ。

そもそも沢山の人がやってくるような場所ではないのだけど、この後ろは険しい崖になっていて、完全に隠された海。聞こえるのは波の音だけ。本当の静寂。そんな中で、一日一回公演の日没ショー(天候により中止あり)を、固唾を呑んで見守る。ソムリエがいるような立派なレストランではないけれど、こちらの方が遥かに贅沢だろ。

さて、写真は左のヨットを画面に入れたいんだか、入れたくないんだか、非常に中途半端な構図ではありますが、ファインダーが暗くて、こんな端っこの方、よく見えないんだよね。ちなみにこのヨット、正式な名前は知りませんが一人乗りの本当に小さなヨットで、お客さんのものです。つまり、これに乗って、どこかから現れるっていうわけ。

オーダーしてから料理が出てくるまで、飲み物だけ持って波打ち際で遊んでいると、「お料理ができましたよー」って、呼んで知らせてくれる。

ちょっと素敵でしょ。
Semflex / P. Angenieux X1 75mm F3.5 (ACROS)



自分のこと。他人のこと。自分と他人の間のこと。プライベートなこと。仕事のこと。公にしていること。秘密にしていること。自分の意思。他人の意思。

経度、緯度という言い方からも分かるように、「経緯」の本来の中国語の意味は、布の縦糸と横糸のこと。

「経緯を説明しなさい」って、言い換えれば、「あなたの縦糸と横糸を説明しなさい」ってことだ。なるほど、って思うよね。

自分の縦糸と横糸かあ。

色んなことが複雑に絡み合い過ぎてて、あまりきれいに織られているとは言い難いけれど、織ったのは確かに自分なんだよなあ。
Leica MP + Summar 5cm F2 (ACROS)


Prev. <- -> Next

LinksTOPGallery Index

inserted by FC2 system