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まるで陽だまりでまどろむ猫のような。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



海に面した細い道を歩いていると、郵便配達のおじさんがバイクに腰掛けて弁当を食べていた。宇龍があまりにも本局から離れているので、昼飯を食べに戻る時間が無く、こうして弁当持参で配達しているのだそうだ。ちなみに娘さんのお手製とのこと。

「で、アンタはどっから来たの?」

と問われたので、自分は埼玉からやって来て、無計画でいい加減な旅の途中であることを手短に説明した。

「じゃあ、今夜泊まるところもまだ決めてねぇんだ?がははは」

おじさんの口から白い米粒が飛んだ。

既に一日半、出雲地方を歩き回っているので、この後はどこか別の場所に移動したいと思っていた。

「今夜はもっと西の方、石見とか、浜田あたりに泊まりたいと思っているんですが、どこかいいところはないですかねぇ?出来れば、山の中の流行ってない温泉がいいのですが」

僕としては軽い気持ちで訊いたのだが、すぐに後悔した。

「流行ってない温泉?・・・流行ってない温泉ねぇ・・・」

おじさんは弁当を食べる手を止め、こちらが申し訳なくなるぐらい長い間、考えていた。そしてぼそっと言った。

「有福かなぁ」

無計画な旅が最高に面白いのは、自分が次に目指す場所がこんな風にして決まる瞬間である。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



有福温泉のもより駅である江津(ごうつ)へ行く列車が、出雲市駅へ到着するまで、まだ2時間近くあった。駅前から路地を入った、目立たないところにカフェバーのような店を見つけて入る。

まだバータイムではないことはメニューを見て分かったが、構わずビールを注文したら素直に出てきた。まあ、客は僕一人だし。その後にもカクテルを3杯。

この仕事を始めてやっと1年だという店主は、客のあしらいは下手だったけれど、インターネットで有福温泉の宿を調べてくれたことには感謝しなくてはならない。

画面を見ながら、「うーん、ピンキリっすねぇ」というので、「じゃ、キリを」とリクエストした。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



江津駅からさらにバスで1時間近く山の中に入ったところに、有福温泉はあった。

バスを降りた途端、暗がりに潜んでいたオババが僕の腕をもの凄い力で掴んで、「○○さんかい?」と訊いた。

おお、まるでスパイ映画のようではないか、と思った。さしずめこのオババは、老獪な情報提供者という役どころだ。どうして僕のことが分かったかというと、バスは2時間に1本。そしてバスの乗客は僕一人。間違えようがない。「このバスに乗れないと夕食はないからね!」と電話で念を押されていたので、とにかく乗り遅れないように気をつけた。

暗くて寂しい道を、オババの後について歩く。さすが「流行ってない」と太鼓判を押されただけのことはある。

細い坂の途中に、今夜の宿、「たじまや」はあった。古い。そして小さい。よしゃあいいのに、安物のクリスマスツリーみたいな電飾が中途半端にされていて、それが余計に物悲しい。つまり、なかなかいい感じだ。

中に入っても部屋には案内されず、その代わりにこう言われた。

「二階が客室なんだけどね、今夜の客はアンタ一人だから、どれでも好きな部屋を使いな」

どうやらこのオババが宿の女将で、目下のところ唯一の従業員らしかった。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



結論を言うと、「たじまや」は素晴らしかった。また来たいと心から思った。というか、なんとか休暇を延長してもう一晩泊まれないものかと、かなり本気で考えた。

内湯もなかなかだったけど、3つある共同浴場が良い。中でも一番古い「御前湯」は651年に開湯、現在の建物も昭和5年当時のままだそうだ。今風のエンターテインメントな温泉などではなく、古き正しき湯治場の風情。流行ってないとは聞いたけど、週末やハイシーズンにはそれなりに賑わうのだと思う。たぶん。

そして、たった一晩泊まっただけなのに、このユニークな女将については書きたいことが山ほどある。

とにかくよく喋る。食事は部屋でいただいたのだけど、お膳を持ってきても、そのまま部屋に居座って喋り続けるものだから、こちらは料理に手をつけるタイミングが図れない。待ちきれず、僕はビールの栓を自分で抜き、自分でコップに注いだ。いちおう、僕は客ではあるんだけども。

でもよいのだ。これはこれで、この宿のホスピタリティなんだろう。女将との会話は楽しかったし、とても寛げた。それに、この女将はとても可愛らしくてチャーミングだ。そういう女性には、大概のことは許すことにしている。

残念ながら女将の写真はない。畏れ多くて撮れなかった。そういう理由で撮れないことだって、たまにはある。
Olympus OM-1 + Zuiko 28mm F2.8 (TX)



閑話休題。ちょっとカメラの話でも。

どこかへ旅に出る時(あるいはそれが旅と呼ぶほどのものではないとしても)、どのカメラとレンズを持ち出すかというのは、常に悩ましい問題である。言うまでもなく、この「悩ましい」は「楽しい」とほぼ同義語ですね。

僕は今回、この旅にプラウベルマキナ67一台だけで臨むつもりだった。しかし皮肉なことに、そのマキナは旅の資金となって消えてしまった。

というわけで結局、いつものようにライカM5で行くことになったのだけど、今思うと、仮にマキナが手元にあったとしても、やはりライカを持って行ったのではないか、という気はする。

ライカ以外にも好きなカメラはいくつもあって、それらで写真を撮ることは、僕に大いなるヨロコビをもたらす。これは間違いない。問題は、そこに至るまでのところにある。

いつものカメラバッグからライカを取り出し、代わりに他のカメラを入れる。さあ準備万端、出かけよう。

あれ?おかしいな。何か忘れている。とても大事なものだ。何だろう?

ライカだ。

結局、ライカを置いて写真を撮りに出かけようとするその瞬間、僕はある種の違和感と戦わなければならない。そう、違和感。そしてそれは、M5というライカに出会ってからいっそう顕著になった。

話は逸れるけれど、今回はOM-1というカメラも持って行った。自分としては常にカメラ一台主義なのだけど、それが二台、しかもよりによって一眼レフとは周りも予想外だったらしく(僕は一眼レフが苦手なのだ)、「なんでOM-1なの?」と色んな人に訊かれた。

理由は簡単で、旅に出る二、三日前に偶然手に入れて、それがなかなかいい感じだったので真面目に使ってみようと思った。そこで28mmだけつけて持って行ったというわけ。M5とOM-1を足した重さが、マキナ一台とほぼ同じだったというのも、二台持っていくことを自分に許した理由の一つである。

話をライカに戻そう。

「これ一台で世界の果てまで見てやるぜ!」みたいな気にさせるところが、確かにライカにはある。

まだ世界に人間の知らないことがいくらか残っていた時代に、写真家よりもむしろ探検家に愛用されたバルナックライカから続くDNAかも知れない。

ライカの文献を読むと、探検家のウィルヘルム・フィルヒナー博士が1930年代前半に中央アジアを探検した際、ライツ社から贈呈されたシリアルNo.50,000のライカを放置してきた、という記録がある。そういう例は他にいくらでもあったのだろうが、壊れたから捨てたのか、あるいは極限の状態で少しでも荷物を軽くするためにそうせざるを得なかったのか、それは分からない。でも、今でもそこに行けば、きっとそのライカはあるんだろう。ボロボロに朽ち果て、真っ赤に錆び付き、土中深く埋まっているかもしれないが、でも、ある。これはロマンだ。

そういえば、今回の旅では、僕も大事なものを置いてきた。

パンツだ。

パンツとTシャツ、それに靴下とハンカチを1セットずつ、毎日捨ててきた。行き先が決まっていないのだから一切合財を常に持ち歩く他無く、少しでも荷物を軽くするために必要な措置だった。もちろんお世話になった方にご迷惑がかからないように配慮はしたけれど、とにかく東京から遠く離れた島根のどこかに、僕の穿き古したパンツがある。少なくとも、あった。

これもロマンだ。
Olympus OM-1 + Zuiko 28mm F2.8 (TX)



ただ一言、

「あなたは、島根で何をしていたのですか?」

と問われたら、

「電車やバスが来るのを待っていました」

と答えると思う。

今回の旅での移動はすべて路線バス、鉄道、そして徒歩。ひたすら待った。初めて出雲市駅に降り立った朝、一畑電車を40分待ったのがその始まりだったけれど、それから2日もすると、40分で来るならむしろラッキー、1時間や1時間半ぐらいは全然オッケーという感覚になるから面白い。東京では10分の待ち時間でイライラしている男が、だ。

10月29日。いよいよ島根最終日。今夜の寝台特急で東京へ帰る。

有福温泉を後にした僕は、田儀(たぎ)へ向かうことにした。前の日、江津へ行く途中で気になる駅があった。それが田儀だ。

江津駅の改札で「田儀へ行くにはどうしたらいいですか?」と訊いた。

駅員の答えは、「次に来る特急に乗って大田市(おおだし)駅まで行き、そこで各駅停車に乗り換えろ」だった。

そんなこったろうとは思っていたが、大田市駅で時刻表を調べたら、やはり各駅停車への乗り換えに1時間半の待ち時間が出来た。いったん改札を出させてもらって辺りを見回す。いちおう特急が停まる駅なんだからさ、駅前に喫茶店ぐらいあんでしょ?と安易に考えるのは都会生活者の浅薄さである。そんなものはない。

いや、本当はあったのかも知れないが、「ある看板」が視界に入った瞬間、脇目も振らずそこへ突進していたので、他にどんな店があったのかは、実は未確認である。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



えーと、すいませんがお父さん、特にやることが無いんでしたら、そこのバッグを開けると中にカメラが入ってるんでちょっと・・・あ、いやそっちじゃなくて、もう一つの・・・あー、それですそれです!それをちょっとこちら・・・はい、どうもすいませんね。おっと、お母さんはそのまま続けてください。普通に普通に。普通ですよぉ。もうそんな、恥じらうような歳じゃないでしょ。そうそう、そんな感じ。おおー、いいですねぇ。じゃちょっと撮りますよぉ。はい、チーズ!っと。

なんか、こう書くとアラーキーっぽい。実際には、もう少し丁寧にお願いしたと思う。

そろそろ髪を切りたいなあ、とは思っていたのだ。

お父さん、フレームに入らないように脇に避けたつもりでしょうけど、全然入ってますから。

JR山陰本線、大田市駅前で理髪店を営まれているご夫婦。

無茶なお願いを聞いていただいて感謝。こちらこそ、とっても楽しかったです。
Olympus OM-1 + Zuiko 28mm F2.8 (TX)



これが田儀駅。どうです、ふらっと途中下車してみたくなるでしょう?

次に列車が来るのは2時間後ですけどね。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



田儀のメインストリート。

とっくに昼を回っていて、腹ペコだった。前の日に列車の窓から見た時には中華料理屋ぐらいはありそうな町並みに見えたのだが、実際に歩いてみて、それが甘い考えだったことを思い知らされた。

通りに出て何をするでもなく突っ立っているお婆ちゃん(田舎にはこういうお婆ちゃんが多い)に、「近くに食事が出来るところはないですか?」と訊いてみた。

お婆ちゃんは、「ないね。もうちょっと早く言ってくれりゃアンタ、ウチにお昼ご飯があったのに」と、本気とも冗談ともつかないことを言う。

とりあえずどっちにも対応出来るように、軽く笑ってから、丁重にお礼を述べておいた。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)


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