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日曜日の夜から木曜日の朝まで、およそ81時間。

今回の旅を通じて何か収穫があったかといえば、そんなものは無い。

東京から遠く離れてはいても、所詮は日本国内だ。言葉も常識も普通に通じる。考え方や生き方が変わっちまうような事件もカルチャーショックもない。観光地らしいところには一切立ち寄っていないので、歴史と文化に対する見識を深めたというようなことも、もちろんない。

最初の方で書いたように、もともと何かを得る旅ではない。明確な「旅の成果」が欲しいのであれば、何はともあれ綿密な行動計画を立てるべきで、少なくともその方が歩留まりはよい。

カッコつけた言い方をすると、無計画な一人旅なんぞに辛うじてあるのは、「ちょっとした出会いと別れの妙」だけで、それが、かけたコスト(お金だけではなく、時間や苦労もすべてコストだ)に見合うと感じるかどうかだ。

旅を終えて、僕はとても満足した。それは、「時間」という名の、醜く大きな塊を、自分の思い通りのやり方で最後まで食い尽くした満足感だ。それ以上、もう何も要らない。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



10月30日

午前7時の横浜駅の雑踏の中に、僕はいきなり放り出された。

終点の東京まで行かずに横浜で降りたのは、この朝はこのまま出勤することに最初からしていたからだ。

横浜駅はすでにラッシュアワーに入っていて、あまりの人の多さと流れの速さ、そして何より、何千、何万というサラリーマンの、まるで生気の無い「目」に、これは比喩でも誇張でもなく、僕は目眩と吐き気を覚えた。

わりと熟知していると思っていた駅なのに、東海道線への乗り換えがさっぱり分からず、息子を頼って田舎から上京してきた可哀相なお婆さんみたいに、一人で途方に暮れていた。

明日の朝になれば、いや、今日の夜にはもう、僕もこの集団の一員に戻ってしまうのだろう。

「時間を食い尽くした満足感」

そう言って強がってはみたものの、結局は、時間とやらに完膚無きまでに叩きのめされて負けるのだ。

いつだって。

(終)
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



水戸で。

君たちが明るく、屈託の無い笑顔を見せてくれると、僕ら大人は安心するんだぞ。

たとえ少々ムカつくことを言われたとしても、だ。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



自分へのクリスマス・プレゼント。

何週間も前にAmazonに注文したクララ・ハスキルのフィリップス時代の全集が、やっと届いた。「時代の」と書いたけれど、彼女がフィリップス以外にも録音を残しているのかどうかは知らない。たぶん無いんじゃないか。

彼女のピアノは特別だ。グールドみたいな、分かりやすい特別さではないかも知れないけれど、小さなガラス玉を連想させる彼女の音色は、他には無いものだ。

いや、ガラス玉というよりは、軒先からゆっくり落ちる雨だれのようにも思える。だから、雨が降る夜に、一晩中彼女のピアノを聴いていようと決めた。お気に入りの写真集と酒が傍にあればなお結構だ。

ここのところ暇さえあれば見ているのが、ジャンルー・シーフの写真集だ。彼は広角でポートレートやヌードを撮った。28mmぐらいかと見当をつけていたら、これはSuper Angulon、つまり21mmだそうだ。それを知って、急にこのレンズが魅力的に思えてきた。

いや、ご安心を。まだ手に入れてない。僕のM5で使えるのはシリアルNo.2473252以降に限定されるし、おいそれと買えるプライスじゃないことは、皆さんも先刻ご承知の通り。
Leica M5 + Elmar 3.5cm F3.5 (TX)



来た来た。

自分の中の何かが、再びじゅくじゅくと腐り始めたようだ。

すれ違う人間の顔を、じっと観察する。

こいつらもまた、その内部に腐った果実を一つずつ抱えているんだろうか。
Leica IIIb + Elmar 5cm F3.5 (TX)



Leica M5 + Summilux 35mm F1.4 (TX)



かつてF.E.S.N.という名前のグループがありました。過去形なのは今はもうないからです。先日、解散しました。

このグループでの写真展Vol.2を予告していたので、楽しみにされていた方もいらっしゃると思います。本当にすみません。

ただし、僕としては予定通り今年の秋から冬にかけて、あるいは年明けになるかも知れませんが、写真展をやります。個展にするか、グループ展にするか分かりませんが、とにかくやります。好きでやってる写真なんだから、やりたいことは全部やってやる。それが信条です。
Leica IIIb + Elmar 5cm F3.5 (TX)



2009年は、というか2009年になったのをきっかけに金輪際やらないと決めたことがある。それはノーファインダーで人物を撮ること。

ノーファインダーでしか撮れない絵というのが確実にあって、その場合、対象はほぼ間違いなく人物だ。そして、えてしてとても魅力的な写真が出来上がる。そのためのノーファインダーなのだから。ここに上がっている写真をざっとチェックしてみたら、少なくとも3枚はノーファインダーで撮った写真だった。でも、もうこれ以上増えることはない。

結局、僕が慣れることが無かったのは、ノーファインダーでシャッターを切った瞬間の、口の中に苦いものが広がる感じ。会心とは程遠い、心のモヤモヤ。罪悪感。そんなやり方しか無かったのか、という後悔。仮にあの感覚と引き換えに傑作が約束されているとしても、だったら傑作なんて要らねぇやと、今の僕は思う。

自分が好きでやっていることについて、出来ることならこういう言い方はしたくないけれど、紛れも無い事実だからハッキリ言うと、見知らぬ人を題材とした、事前の了解を得ていないスナップは単なる「盗撮」で、極めて悪趣味なんだということ。それはファインダーを覗こうが、覗くまいが変わりは無い。

だからこれは、写真を趣味とはしていない人、つまり世の中の大部分の人には決して理解されることのない、まったく身勝手な言い訳でしかない。

そういうヌルい前提ではあるけれど、知らぬ間に被写体となっていただく人たちへの最低限の礼節として(このへんがまったく身勝手な論理なんだけど)、ノーファインダーのような乱暴な撮り方ではなく、ちゃんとファインダーを覗いて写真を撮ろうと思った。少なくとも、「カメラを操作して写真を撮る」という行為そのものは、堂々とやろうと思った。写真というのは自分の視覚の延長などでは決して無いから、ファインダーを通してしっかり世の中を眺めてやろうと思った。

興味を持って読んでもらいたいとは思うけれど(だからここに書いた)、僕はノーファインダーで写真を撮られている人たちを非難しているわけではもちろん無い。上にも書いたように、大した違いは無いのだから。自分の中で正当化されているなら、あとは誰が何と言おうと、信念を持ってやればよい。
Leica M5 + Summilux 35mm F1.4 (TX)



昨年の11月、水戸の中古カメラ屋で、たまたまジャンルー・シーフのオリジナルプリントを見た。

こりゃすげぇと思った。圧倒的な実存の迫力とでも呼んだらいいのか、とにかく、一流の写真家のプリントってこうなんだ!と思った。今までに美術館や写真展でこんな衝撃を受けたことは無かった。わざわざ水戸まで行った理由の探し物は無事手に入ったけど、もうそんなものはどうでもよかった。

数日後の深夜、家に帰るとシーフの写真集が届いていた。すぐに開梱してページを繰る。が、数ページでやめた。今、ここで見てしまったらもったいないと思った。ちゃんと準備をしなければいけないと思った。

その週末、ワインを買った。ちょっとした祝いごとがある時だけ、年に数回買う銘柄。

これでやっと準備が整った。
Leica IIIb + Elmar 5cm F3.5 (TMY-2)


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